ストックオプションとは、役員や従業員等に対して予め定められた価格(権利行使価格)で対象会社の株式を取得することができる権利である。狭義にはインセンティブを目的とし、無償で役員や従業員等の発行する新株予約権をストックオプションと呼称するが、昨今では1円ストックオプションの活用も広がり有償発行を指すケースもある。新株予約権は、一般の投資家等に発行される点でストックオプションとの違いがあり、税制や会計処理においても取扱いが異なっている。
ストックオプションを発行する場合の一般的なメリット及びデメリットは以下のとおりである。
(メリット)
・手元資金を必要としないため、資金に限りがある場合においても優秀な人材を確保する方法となる。
・会社及び従業員等が、株価の上昇という点で目標を共有できる。
・税制適格要件を満たすことで、ストックオプション発行時及び行使時には課税されずに経済的な利益を
従業員等へ供与できる。
(デメリット)
・潜在的な株式希薄化要因となる。
・会計処理及び税制の理解が適切でない場合、想定外の費用や納税が生じる可能性がある。
・株価が低迷する場合には、インセンティブの効果が発揮されない。
・株式上場を前提として発行された場合において、株式上場が達成されない場合には、インセンティブの
効果が発揮されない。
・オプション行使後の士気の低下を防ぐためには、別途インセンティブ制度を設計する必要がある。
ストックオプションの評価には様々な評価手法があるが、代表的なオプション評価モデルは以下のとおりである。
(二項モデル)
オプションの公正価値の評価に用いるモデルであり、原資産価格が上昇又は下落する離散時間型のシナリオをベースにリスク中立確立に基づき計算を行う手法である。ヨーロピアンオプションのみならずアメリカンオプションへの適用が可能なモデルであり汎用性が高い点ではブラック=ショールズ・モデルよりも優れていると評されることがある。
シナリオの設計プロセスが、ツリーや格子に似ていることからツリーモデルや格子モデルとも呼ばれる。ストックオプションの会計基準においては、ブラック・ショールズ式と並んで代表的なオプションの評価方法の例として挙げられている方法である。
(ブラック=ショールズ・モデル)
ヨーロピアンオプションの評価に適している評価モデルであり、原資産価格の変動が対数正規分布に従うとの仮定を置いた連続時間型モデルである。原資産の現在価値(株価)、権利行使価格、行使期間、リスクフリーレート、予想配当率、株価変動率(ボラティリティ)をインプットデータとして用いる。ストックオプションは一般に譲渡禁止(又は制限)されているという特性があることから、ブラック=ショールズ・モデルをストックオプション評価に適用する場合には、一定の仮定を置くことでモデル上の欠点を補完することとなる。
(モンテカルロ・シミュレーション)
評価計算用のモデル内の乱数を変動させることにより、多数のデータを収集することで近似値を算定する手法である。シミュレーション用のソフトを利用するケースもあるが、エクセルによる生成も可能である。
(会計処理の概要)
ストックオプションは、従業員等に対するインセンティブ制度の一環として付与されることから、会計上は付与日におけるオプションの公正価値に退職等による失効数を加味した上で、付与日から権利確定日までの期間に渡り費用処理を行う。よって、勤務条件が付されていない場合は付与時点で一括費用処理が求めらる。同様に、税制適格要件を満たすために待機期間が設定されている場合でも税務上の優遇措置を放棄すれば権利行使可能な場合には一括費用処理を行うこととなる。
仕訳イメージは以下のとおりである。
費用計上時: 株式報酬費用(人件費) ××× / 新株予約権(資本の部) ×××
※オプション付与日から権利確定日までの勤務対象期間にわたって費用処理
権利行使時: 現預金 ××× / 資本金 ×××
新株予約権 ××× / 資本準備金 ×××
権利失効時: 新株予約権 ××× / 新株予約権戻入益 ×××
(特別利益)
(評価上の留意点)
ストックオプションにおける譲渡が制限されるという条件のもと、ブラックショールズモデルにより公正価値評価を行う場合には、付与時点から権利行使されると見込まれる平均的な期間(予想残存期間)をインプットデータとして採用する。
また、公開後の日が浅い企業においてボラティリティを見積もる際には、少なくとも2年程度の期間が必要とされている。情報が不足する場合には、当該企業の類似の株式オプションや類似会社のボラティリティを参考に慎重に評価を行うことが必要となる。
非上場会社(未公開会社)については、公正価値評価若しくは本源的価値のみで評価を行うことの選択が可能とされている。
(税効果会計)
①税制適格ストック・オプションの場合
税制適格ストックオプションのケースでは、付与時のみではなく権利行使時においても所得税の給与所得課税がなく、株式譲渡時に譲渡所得として課税されます。
ストックオプションの発行会社は、個人の所得税に対応して給与所得とすべき場合にのみ損金算入が認められます。よって、税制適格のケースでは、将来減算一時差異は発生しない(永久差異が発生)ため、繰延税金資産の計上対象とはなりません。
②税制非適格ストック・オプションの場合
税制非適格ストックオプションのケースでは、オプションを有する個人が権利行使した時点で給与所得として課税され、発行会社の法人税上は損金算入が認められます。よって、株式報酬費用(ストックオプション費用)については税効果会計の対象となり繰延税金資産が計上するとともに、権利行使時には繰延税金資産の取り崩しを行います。
また、新株予約権戻入益が発生した場合でも将来減算一時差異が解消されることから、権利行使時と同様に繰延税金資産が取り崩されることになります。
税制適格要件 | |
付与対象者 | 次のいずれかに該当する者(一定の大口株主及び特別利害関係者を除く) |
①自社の取締役、執行役又は使用人 | |
②発行済株式総数の50%超を直接または間接に保有する法人の取締役、執行役又は使用人 | |
※大口株主:上場会社・店頭売買登録銘柄 発行済株式総数の1/10超を有する者 | |
未公開会社 発行済株式総数の1/3超を有する者 ③一定の要件を満たす社外高度人材 |
|
権利行使期間 |
付与決議の日後2 年を経過した日から付与決議の日後10 年を経過する日までの間 ※設立の日以後の期間が5年未満の非上場会社においては、付与決議日後2年を経過した日から付与決議日を15年を経過する日まで |
権利行使価額 | 権利行使価額が契約締結時の株式の価額相当額以上 |
権利行使価額の制限 |
(設立の日以後の期間が5年未満の株式会社) 権利行使価額が2,400 万円以下
(設立の日以後の期間が5年以上20年未満の株式会社で、非上場会社又は上場の日以後の期間が5年未満の上場会社) 権利行使価額が3,600 万円以下
|
譲渡制限 | あり(譲渡の禁止) |
(付与対象者の税制)
①税制適格の場合
従業員等がストックオプションを行使した時点では所得税課税は行われません。ストックオプションの行使により取得した株式を売却する時点で、売却価額と権利行使価格との差額に対して譲渡所得として税金が課されます。
②税制非適格の場合
譲渡制限が付されている場合、ストックオプションの付与時点では課税は発生しません。ストックオプションの行使時に、行使時点の株価と権利行使価格との差額に対して通常は給与課税が行われます。その後、ストックオプションの行使により取得した株式を売却する時点で、株式の売却価額と行使時の株価との差額に対して譲渡所得課税が行われます。
オプション付与時 | 権利行使時 | 株式売却時 | |
税制適格 | 非課税 | 非課税 | 譲渡所得課税 |
(C)-(A) | |||
税制非適格(※1) | 非課税 | 給与所得課税 | 譲渡所得課税 |
(B)-(A) | (C)-(B) | ||
(A):権利行使価額 | |||
(B):権利行使時の株価 | |||
(C):株式の売却価額
|
※1税制非適格のケースでは、権利行使時において原則的には給与課税となるが、
権利付与後、短期間に退職を予定している者に付与を行い、かつ、退職後の株価上昇が
所得の大半を占めるなど、主として職務遂行に関連しない所得と認められる時には
雑所得とされるケースがある。
また有償ストックオプションを無償又は公正価値より低い価額で発行した場合には、上記表の課税関係となるが、公正価値で発行された場合には、権利行使時には課税されず、株式売却時に譲渡所得課税となるとの見解もあります。
(発行会社の税制)
①税制適格の場合
課税関係は発生しません。
②税制非適格の場合
被付与者である個人に対し給与課税等が発生した日に、新株予約権の対価に相当する費用が損金算入を行います。これは、被付与者に対して給与課税等が行われることとの課税上の均衡を図るための制度です。
譲渡についての制限その他特別の条件が付されているストックオプションが付与された場合、付与時点においては何ら経済的利益が実現していないことから、その付与時点において課税関係は生じません。
但し、取締役会の承認を得て譲渡制限を解除された場合には、ストックオプション保有者の意思による第三者への譲渡が可能となることから、それまで未実現と捉えられていた経済的利益が顕在化し、収入すべき金額が実現したものと考えられます。
この場合、顕在化した経済的利益は、取締役会の承認を受け譲渡制限が解除された日(譲渡承認日)における給与所得に該当することとなります(所得税法第28条)。